“房総の富士山”を跡形もなく削り取る

〜金権亡者がバッコする千葉県〜




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 千葉県自然保護連合は(2010年)2月19日、山砂採取で大きな問題になっている富津市の鬼泪山(きなだやま)国有林の現地を見学しました。案内してくれたのは「鬼泪山の国有林を守る市民の会」の方々です。
 採取業者が県に提出している国有林の採取計画地や、鬼泪山の湧き水を利用している関山用水などを見学しました。最後に、古船浅間(こせせんげん)神社にも立ち寄りました。


■「富士山」(浅間山)がごっそり削り取られた

 神社の案内板にはこんなことが書かれています。
    《富津市鶴岡鎮座「古船浅間神」は、霊峰富士山に鎮座する「富士浅間神社」から分霊、分社したものと言い伝えられ、「木花開耶姫命」(このはなのさくやひめのみこと)が祀られています。
     かつて当神社の背後には大きな山がそびえ、当時の人々はその山が駿河の富士にとてもよく似ていたことから、富士権現を願い、分霊、分社したものではないかと思われ、この山の名を「富士山(ふじやま)」又の名を「浅間山(せんげんやま)」と呼んでおりました。
     この山は全体が良質の砂に覆われておりましたことから、その後、東京湾の埋め立てに使われることとなり、時代の流れとともに切り崩され、今の姿となったもので、現在神社が鎮座しますこの辺りは、ちょうど富士山の裾野に当たることから地名が「富士裾」と呼ばれています。》
 「浅間山」(=富士山)という名は、駿河の富士にとてもよく似ていたことからつけられたものでした。そんな山をごっそり削り取ってしまったのですから、千葉県はすごいところです。“金権亡者たちが跋扈(ばっこ)している県”といっても過言ではないと思います。


■地元住民は“山の神”の怒りを恐れ、祈とうを繰り返した

 神社の案内板には書かれていませんが、この神社は、もともとは浅間山の頂上にあったそうです。山がごっそり削り取られたため、現在の位置に移されたとのことです。

 1986年5月15日の『読売新聞』(千葉版)は、「消えた山」という見出しをつけてこう記しています。
    《跡形もなく無残に削られた山。緑一色に包まれていだ山の面影は、わずかに残った一角だけで、黄褐色の山肌が不気味に光る。
     富津市湊の山砂採取場。かっては浅間山(せんげんやま)という標高約200メートルの山があった。しかし、(昭和)46年3月、県開発公社と建設企業数社の共同で始まった跡地を宅地にする計画は、いつの間にか山砂採取事業に変わる。そして、浅間山の砂は、ベルトコンベヤーで直接、海まで運ばれ、東京湾の埋め立て用に。55年に指定区域の砂を取り尽くし、6年前、地図から浅間山の名前は消えた。
     もともと、富津市から君津市にかけて一帯は、良質の山砂で知られた。「ダンプ街道」で公害問題になっている君津市の小糸、小櫃地区をはじめ、全国最大の山砂産地だ。“良質”の砂のためか、最近、浅間山開発がまた、息を吹き返そうとしている。東京湾横断道路の着工で、砂の需要が増えるのを見込んで、企業が採取再開を期待しているからだ。
     「県の許可が必要だが、周囲にまだ山はある。ダンプで運ばなくていい利点は見逃せませんよ」とある企業関係者。
     かつて浅間山の頂上にあった神社は、ふもとに移されているが、地元の人たちは“山の神”の怒りを恐れ、祈とうを繰り返したという。「これ以上山を壊すと、本当にたたりがあるかも知れん」。毎朝参拝に来る古老が、ポツリとつぶやいた。》
 山砂採取業者たちはいま、浅間山の隣に位置する鬼泪山国有林からの採取をもくろんでいます。「これ以上山を壊すと、本当にたたりがあるかも知れん」──。まったくそのとおりです。大事な山をこれ以上壊すことはなんとしてでもやめさせなければ、と思います。












鬼泪山の隣にあった浅間山(せんげんやま)は、
山砂採取によって9年間で跡形もなくそっくり削り取られた




浅間山の跡地で説明を受ける参加者。後方の山は鬼泪山国有林。




浅間山がごっそり削り取られたため、頂上から裾野に移された浅間神社




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