奇跡の谷津田を未来に残したい

─市原市瀬又 谷津田が育む豊かな生態系─

散歩道プロジェクト 主宰 田頭芳樹



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瀬又の谷津田について

 JR外房線誉田(ほんだ)駅前の大網街道と交差する日吉誉田線を南に2キロほど進むとNTT瀬又局があり、その道の両側に樹枝状に広がる谷津田がある。この一帯は市原市瀬又という地名である。
 瀬又という地名は、瀬又層という地層が露出している場所でトウキョウホタテなどの化石が採取できることでも知られている。また、近くを流れる村田川では、鯉のぼりの季節には地元の人達が百匹以上の鯉のぼりを泳がせる。近年はゴールデンウィークあたりに鯉のぼりを見に多くの人が訪れるようになった(写真1)。
 この周辺の村田川上流域と、支流の村田川右支川周辺には樹枝状に谷が形成されている。ほとんどの谷は田んぼとなっており、この一帯によく見られる谷津田の風景が広がる(写真2)。







〔写真1〕 瀬又に隣接して流れる村田川。春には地元の人が川に多数の鯉のぼりを泳がせ、
ゴールデンウィークには多くの人が訪れる



〔写真2〕 瀬又の谷津田。基本的には、谷からの湧き水を田んぼに引いている。
多くの場所が土の水路で、多くの生き物が生息する谷津田である






瀬又周辺は自然の宝庫

 田植えの季節になると、新緑が田んぼに写り、とても美しい風景が広がる(写真3)。田んぼからはシュレーゲルアオガエルの声が響き、斜面林の中ではウグイスがさえずり、時折、キジの「ケンケーン!」という声が聴こえてくる。これがこのあたりの春の谷津田の音風景だ。
 斜面林の中では、キンラン、ササバギンラン、シュンラン、ジロボウエンゴサク、イチリンソウ(写真4、5、6、7、8)といった里山の植物が多数見られる。もはや数は少なくなってしまっているが、中には大変貴重な植物の群落もある(写真9)。
 このあたりの谷津田は谷に湧く水を引き込んでおり、土の水路にはホトケドジョウが泳ぎ、田んぼはアズマヒキガエルやニホンアカガエルといった両棲類の楽園でもある(写真10、11)。春先の田んぼの土手にはコケリンドウが咲き(写真12)、夏が近くなると、ハラビロトンボといった希少なトンボも含めて、多くのトンボが田んぼの上を飛翔する(写真13)。夏の夜にはヘイケボタルも飛び交う。
 また、千葉県レッドデータブックでAランクの最重要保護生物であるサシバや、フクロウ、ノスリ(写真14、15、16)といった猛禽類を頂点に、様々な鳥類が生息している。時には、タヌキに出会うこともある(写真17)。
 このように、瀬又一帯は、谷に湧く水を利用した谷津田と、コナラ、クヌギを主とした斜面林、適度に手入れのされた草地といった、里山ならではの環境があり、多様な里山生物が生息している。



〔写真3〕 新緑の頃、水の入った田んぼに周辺の斜面林が映る



〔写真4〕 谷津田の斜面林の中に咲くキンラン



〔写真5〕 谷津田の斜面林の中に咲くとササバギンラン



〔写真6〕 谷津田の畔にジロボウエンゴサク



〔写真7〕 早春のラン、シュンラン



〔写真8〕 イチリンソウの群落



〔写真9〕 貴重なクマガイソウの群落



〔写真10〕 アズマヒキガエル



〔写真11〕 ニホンアカガエル。産卵時期の雨の降った翌日の夜、たくさんの
ニホンアカガエルが田んぼの水たまりなどに産卵にやってくる



〔写真12〕 田んぼの土手に咲くコケリンドウ



〔写真13〕 貴重なトンボ、ハラビロトンボ



〔写真14〕 早春に南から渡ってくる猛禽類のサシバ。トカゲを捕まえているところ。
谷津田周囲の生き物を餌にする谷津田の生態系の頂点



〔写真15〕 フクロウ。夜になるとフクロウの声が谷津田に響く



〔写真16〕 冬の猛禽類、ノスリ



〔写真17〕 斜面林の中を歩くと、タヌキに遭遇することも。
タヌキはかなりの数が生息している






周辺の開発と失われた谷津田

 都心から遠くないこの周辺では1990年代から大規模な宅地開発が行われてきた。なかでもJR鎌取駅周辺を中心にURによる「おゆみ野・ちはら台」の宅地開発により多くの谷津田、里山が失われた(写真18)。



〔写真18〕 ちはら台の開発風景。周辺の里山、谷津田の多くはこういった
大規模開発で多くが失われた。開発は今も続く






谷津田の現状の課題

 近年、この瀬又周辺の谷津田は、耕作者の高齢化などに伴って耕作放棄地が急増している。耕作放棄地の急増と同時に、イノシシやアライグマといった、従来はこの周辺に生息していなかった動物が侵入し、農作物への被害が拡大している(写真19)。このような侵入動物の獣害対策には手間がかかること、収穫に支障が生じることから、さらに耕作放棄地が増えるという悪循環が生じている。
 耕作放棄された谷津田は産業廃棄物や残土の埋め立てといった環境破壊に直面しているところも多い(写真20)。また、このあたりの土壌は基本的に粘土質で脆く、普段より少し多くの雨でも小さながけ崩れなどが多く発生している。特に2019年10月の豪雨災害では人的被害も含め、多数の被害が発生した(写真21)。耕作放棄地の増加はこのような災害復旧も困難にしている面がある。

〔写真19〕 農作物に被害を与えるイノシシ。20年ほど前までは
イノシシはこの地には生息していなかった



〔写真20〕 周辺の残土埋め立て現場。瀬又にも残土埋め立て計画がある(現在は休止中)



〔写真21〕 2019年10月の豪雨では多くの土砂崩れが発生し、人的被害も出た




未来に残したい

 瀬又周辺は、谷津田を中心に、水と森が接し、多様な生き物を育んできた貴重な場所である。その場所が過去に何度かあった大規模開発計画も断念されて残ってきたことはある意味奇跡でもある。
 近年の耕作放棄やそれに伴う埋め立てなどの土地の改変の危機がある中で、この貴重な場所の価値を再認識し、基本的なこの地の成り立ちである農地の再生や自然教育の場としての活用を進めたい。まずは、この場所の貴重さを多くの人に知ってもらいたい。そのためには、ここに生息する生き物の調査や、この場所の基本的な生態系の成り立ちをしっかりと調査し、理解する必要がある。そして、この貴重な里山環境とそこに生きる生き物を未来へどう繋げていくのか、急速に拡大してきた耕作放棄地を前に、私達はしっかり考え、行動する必要がある(写真22)。

〔写真22〕 鬱蒼とした耕作放棄地。わずか10年前までは全て田んぼだった




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