君津市長選の市民派勝利に感無量

─ヤクザ代議士・ハマコーが君臨した保守王国─

中山敏則


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 2018年10月14日投開票の君津市長選で市民派の石井宏子さんが自民・公明推薦候補を破って勝利した。君津市は、衆議院議員でヤクザの浜田幸一がつくりあげた「ハマコー王国」の中心地である。かつての君津市を知っているひとたちは石井さんの当選に感無量だった。


君津の漁業者をだました八幡製鉄と県

 わたしは1969年、千葉県職員に採用された。配属は港湾工業用水局(のちの県企業庁)である。最初に担当したのは京葉臨海部(千葉の東京湾岸)の埋め立て業務だ。埋め立ての申請書と認可書の両方の作成をまかされた。そのこともあって、京葉臨海部の埋め立てに関心をもちつづけた。

 京葉臨海部の埋め立ては漁業者受難の歴史でもあった。漁業者は札束でひっぱたかれたり、脅迫されたり、だまされたりしながら、泣く泣く漁業権を放棄した。

 とくにひどかったのは君津町(現在の君津市)の漁業者である。1960年、八幡製鉄(現在の新日鉄住金)が君津町の沿岸海域に進出することを申し入れた。だが、漁業者の大半は漁業権放棄に反対した。そこで県は、漁業者世帯1戸につき1人以上を八幡製鉄に雇うという条件を提示した。東洋一の製鉄所に就職できるのなら、と漁業者たちは埋め立てに賛成し、漁業権を全面放棄した。県と君津漁協の協定書には1戸1人以上の雇用を八幡製鉄にあっせんすることが明記された。

 ところが八幡製鉄が本格的に埋め立て工事をはじめたのは協定締結の5年後である。八幡製鉄が発表した転業希望者採用募集要領はこうなった。数学、国語、常識、作文の4科目の筆記試験をおこない、合格した者だけを採用するというものである。漁業権放棄の交渉では採用試験の話はいっさいでていない。協定書にも記されていない。県と八幡製鉄は漁業者をまんまとだましたのである。結局、漁業者世帯から八幡製鉄君津製鉄所に採用されたのは217世帯のうち18人だけだった。

 元漁業者のなかには、こう言って怒りをぶちまけるひともいた。「あれもこれもみんな海を捨てさせるためのペテンみたいなものだった」「県や町の職員は、漁業権を放棄させるときは熱心だったが、それが終わるととっつきのよくない悪代官みたいになった」(飯田清悦郎『欲望のコンビナート─地域破壊計画の真相』医事薬業新報社)。しかし八幡製鉄と県、君津町、ヤクザのハマコー(浜田幸一)がグルになっていたので泣き寝入りするしかない。ハマコーがかかわる賭博にひきずりこまれ、手にした漁業補償金をすべてまきあげられるひとも少なくなかった。

 一方、開発から湧きでるアブク銭によって、ハマコーは県議会議員や衆議院議員にのしあがっていった。彼は議員とヤクザの二足のワラジをはく稀有な人物だった。


ヤクザ代議士が君臨

 君津市は、ヤクザ代議士の浜田幸一がつくりあげた「ハマコー王国」の中心地だった。ハマコーは、東京湾岸の埋め立てや漁業補償、東京湾アクアラインの建設、山砂採取などをとりしきった。君津地域の山々は山砂採取でズタズタに削りとられた。市内の主要道路は山砂を運ぶダンプがひっきりなしに行き交い、「ダンプ街道」とよばれた。その実態は、君津市出身の佐久間充さん(栄養女子大学名誉教授)が『ああダンプ街道』(岩波新書)と『山が消えた 残土・産廃戦争』(同)で著している。両書には、君津市民が難儀している様子がくわしく描かれている。そんな状態でも君津市は保守王国がつづいた。

 わたしはゴルフ場開発関係の許認可を担当したこともある。衆議院議員だったハマコー本人からこう要求された。「業者から申請書が届いたら1日で許可を出せ」と。ゴルフ場開発にかかわる申請書類は膨大である。普通は審査に30日ぐらいかかる。「無理です。県の事務処理規程にも30日と書いてあります」とわたしは答えた。だが、ヤクザのハマコーに法令や規程は通じない。「事務処理規程がなんだ! オレをだれだと思っているのか!」と、ものすごい剣幕でどなられた。「左遷されたくなかったらオレの言うことを聞け」と恫喝された。結局、県幹部の指示で課員を総動員して審査することになった。ハマコーの要求どおりにたった1日で許可した。前代未聞の対応である。


市民の政治意識が変化

 そのような人物が君臨していた保守王国で市民派の石井さんが勝利した。放射性廃棄物処分場の増設に反対する市民や農業者などが石井さんを当選させるためにがんばった。

 当選決定の2日後、石井さんをはじめ120人の市民や農業者が放射性廃棄物処分場の増設許可撤回を求めて千葉市内をデモ行進した。かつての君津市を知っているわたしは胸がジーンときた。

 デモ行進のあとは県交渉である。地元の土地改良区6団体の代表者がつぎつぎと発言した。処分場から放射性物質が漏れ出すと御腹川や小櫃川、地下水は放射能に汚染される。農業はやっていけなくなる。飲み水も断たれる。処分場増設許可の撤回を強く求めた。そこには、ハマコーらのいいなりになっていた農業者や漁業者の面影はまったく感じない。隔世の感がする。君津市民の政治意識の変化をつよく感じた。


暴力と開発と利権を一身に担った保守政治の人格的表現

 浜田幸一について、ルポライターの鎌田慧さんはこう記している。
    《市原地区の菅野儀作、君津地区の浜田幸一。友納知事は、これら地元の県議(ボス)の力をかりて開発をすすめた。京葉コンビナートが完成して、この3人ともに国会議員に成り上がったのが、金権政治を象徴しているようである。とりわけ、浜田幸一議員は、広域暴力団・稲川会舎弟、児玉誉士夫書生、小佐野賢治子分(小佐野をオヤジと呼ぶ)、塚本素山代理人などと、暴力と開発と利権を一身に担った保守政治の人格的表現ともいえる珍重すべき存在である。》(鎌田慧「腐蝕の軌跡─京葉工業地帯」『世界』1981年10月号)

    《暴力団が国会議員になった例には、戦前では北九州の大親分、吉田磯吉があり、さいきんでは房総出身の浜田幸一がいる。それぞれ「国会の暴力装置」としての役割を果たしている。》(鎌田慧『心を沈めて耳を澄ます』創森社)
(2018年10月)




 京葉臨海埋め立て利権とハマコーをモデルにした小説
  ─大藪春彦著『黒豹の鎮魂歌』─




 大藪春彦氏のハードボイルド小説『黒豹の鎮魂歌』(3部作、徳間文庫)は、千葉の埋め立て開発をめぐる利権やヤクザ代議士のハマコー(浜田幸一)をモデルにしている。あらすじはこうだ。

◇          ◇

 主人公の新城彰の実家は千葉の君津の浜で漁業を営んでいた。そこに巨大企業の「九州製鉄」が進出することになった。そのいきさつを著者はこう書く。
     「昭和28年の川鉄千葉製鉄所の進出をキッカケとし、京葉工業地帯への巨大企業の進出は、32年に三矢不動産が県に替わって埋立て工事費や漁業補償金を立替え払いする協定が出来てから、急ピッチとなった。漁民の海は次々と大企業に奪われていった。政財界に思いのままに動かされる県は、漁民たちに高圧的な態度でのぞんだ。昭和36年、マンモス企業九州製鉄も、どんなに公害を出しても県も町も文句を言わぬ京葉工業地帯に進出することを決めた」
 九州製鉄の進出は新城一家に悲劇をもたらす。
     「新城家が加入していた漁業組合の会長は、熱海に本拠をもつ広域組織暴力団銀城会の千葉支部最高幹部の一人であり、県会議員で県会土木常任委員もしていた小野徳三(通称・小野徳)であった」

     「(小野徳は)町会議員を振りだしに利権あさりで得た金を政界にばらまいて、当時でも県会の実力者にのしあがっていたのだ。小野徳は、九州製鉄君津製鉄所の従業員用食堂の経営を彼の一手に任されるという利権と引き替えに、漁業組合の補償を法外に安く九鉄と県とのあいだで決めた。組合員の大半は反対したが、小野徳には銀城会の暴力というバックがついていた。しかも、組合員には小野徳から借金している者が少なくなかった。小野徳から、今後は九鉄の守衛や食堂の従業員として傭ってやるという約束をとりつけた、と言われると、反対の声は鎮まった」
 新城の父はノリとアサリの漁業権放棄に対する補償金として100万円をもらった。しかし、巧妙な手段でバクチにひきずりこまれる。気がついたときには補償金をすべてまきあげられていた。さらに300万円の借金を背負っていた。父はあせってますますバクチにおぼれる。小野徳からの借金が1000万円をこえたとき、妻と新城の二人の妹を道連れに自殺してしまう。

 新城彰は、一家の命を奪った連中への復讐をちかう。射撃や拳法などの腕をみがいた。そして、「銀城会のヤクザから千葉県議員に転じ、漁民たちを食いものにして国会議員にのしあがった」小野徳への復讐をはたす。そのさい、小野徳にいろいろと白状させている。京葉工業地帯に進出してきた大企業と保守党政治家がもちつもたれつの関係で荒稼ぎしていることなどである。新城は、千葉の開発で利権をむさぼる政治家やヤクザをつぎつぎと殺す。

◇          ◇

 以上があらすじである。本書には、浜田幸一代議士をはじめ、自民党副総裁の川島正次郎、幹事長田中角栄、岸信介首相、右翼の大ボス児玉誉士夫、政商小佐野賢治、友納武人千葉県知事、八幡製鉄(現在の新日鉄住金)、三井不動産などとみられる人物や企業がぞくぞくと登場する。日本の権力者たちの金権腐敗のカラクリと実態をフィクションのかたちでえぐりだしている。




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